【旅記事】自分のルーツを求めて。四万十にいこう。越知町・佐川町・須崎市・四万十町編③

こんにちは温玉ネギトロです。今回は四万十を目指す自転車旅の③記事目です。いよいよ目的地の四万十町に向かって走り出します。今回は越知町・佐川町・須崎市・四万十町をサイクリングします。四国は多くの場所に無料キャンプ場が点在しているので初心者でも旅をしやすいです。そんな四国での弾丸キャンプツーリング旅の様子を本記事ではまとめています。

本記事は連続記事の③記事目です。

その②を読んでいない方は↓こちら

【旅記事】自分のルーツを求めて。四万十にいこう。松山市・砥部町・久万高原町・仁淀川町・越知町サイクリング 四国山地編②
こんにちは温玉ネギトロです。今回は愛媛県松山を起点として、自転車とキャンプをしながら四万十を目指す物語の②記事目です。松山市をスタートして砥部町・久万高原町・仁淀川町・越知町をサイクリングしました。途中で日が暮れてしまい、真っ暗な四国山地にアタックを仕掛ける温玉ねぎとろの運命やいかに!

今回の装備についてはこちら↓

【ツーリング装備】高知県 春先の四万十をキャンプツーリングで目指す旅
今回は春先に高知県、四万十を目指して旅した時の装備をまとめておこうと思います。バイクパッキングや、自転車旅の装備に関して参考になれば幸いです。

温玉ネギトロについて

  • 自転車歴15年以上。
  • 大学ではサイクリングサークルに所属。
  • ソロで自転車海外10カ国以上来訪。
  • 最近はロングライドを中心に行う。
  • ヴィンテージ自転車のレストアなどが趣味。

走行時の環境

0℃から気温17℃

想定気温と装備5℃から気温20℃

天気 晴れ

小浜キャンプ場(高知県越知町)〜七子峠

2日目はテントの中を刺す太陽の明かりと熱で目が覚めました。朝方や夜中の気温が落ち込んでいても、テント内の気温は30分と経たずに上昇していき、その暑さで目が覚めます。

テントのファスナーを下ろして、外を覗くと少し冷たい春風と共に、仁淀川と少し高い位置にある国道が見えました。

正面に見えるのは国道494号線

8時より前には目は覚めていたのですが、久しぶりの温かいキャンプで心も晴れ晴れしていたので、ゆっくりと出発の準備をします。

テントやフライシートを乾かしながら寝袋やマットを収納していき、最後の最後にテントとフライシートを乾かします。

少しサドルバックの上が雑な気がしますね

小浜キャンプ場を出て494号を南に走ると、越知町、そしてすぐに佐川町に入ります。

真っ暗で気づかなかったですが、キャンプ場がいっぱいある素晴らしい町ですね。外れにある小浜キャンプ場は貸切だったのかと納得です。

越知町の橋の上から望む四国山地と田園風景

国道は車もそこまで多くなく、道路幅も広いので走りやすいですが、佐川町ではせっかくなので国道から逸れて街道を通ってみます。

歴史を感じる越知町の街道

自転車で旅をしていると、昔の街道だった道などはなんとなく雰囲気でわかるようになってきます。(佐川町越知町についても、後で調べないと。。)越知町を抜けると土讃線を横目にしながら須崎市を目指します。(写真は越知町の商店街とのことでした。ご教示いただきありがとうございます。2023年8月3日更新)

盆地に田んぼが敷き詰められている。

須崎市までは少し登った後に一気に下ります。距離は短いですが、傾斜のきつい坂を登りました。ご褒美の下り坂はと言われると地肌剥き出しの険しい山道で、これが四国山地かと分らせられます。(笑)

カーブがキツく、また道も狭い。しかも車も通る厳しい道

試練の山を超えて56号線に合流すると、横に太平洋が現れます。ようやく四国山地を縦に走り切だだと、実感が湧いてきます。

太平洋を見て安心したのも束の間、今度は七子峠という可愛らしい名前の峠を目指して走ります。四万十町はもうすぐそこです。

太平洋

気温も15℃程度と温かいので、気持ちの良いサイクリングを堪能できます。少し温かいということもあり、登ると暑くなってきます。上着などを脱ぎ着して調節しながらゆっくりと登っていきます。

七子峠に向かう前に何度かコンビニや道の駅をパスして進みます。普段なら絶対そんなことしないのですが、なぜかこの時はスイスイと進んでしまいました。

しかし、七子峠はそんなに甘くはありません。

グングンと一気に獲得標高を伸ばしていきます。

歩道も適度にあり、また車道も広いためそこまで危なさは感じませんでした。

普段であれば特に苦労することなく、登りきれる峠なのですが、この日はなぜか補給をしなかったため、ギリギリの体力で登ります。

頂上まで残り2キロの看板、、、遠い。。。食事ができそうなところは頂上から4キロ降った先にある。。。

安全速度でマナーアップ!

辛い時はとにかく無心です。何も考えずになんとか七子峠を登り切りました。

目的地の四万十(窪川)まではもうすぐ。

ついに四万十町(窪川)到着

四万十町は四万十川の上流に位置しており、須崎市からは一気に台地を駆け上がるような地形になっています。

その台地の一番端が七子峠で、そこから四万十町へ向けては降りで15キロ程度です。一時間もかからない程度の距離ですね。

ゆっくりと降っていると目的地の四万十町に到着です。これから窪川へと向かいます。

マップを見るとラーメン屋が少し降ったところにあることがわかったので向かいます。

しかし、それ以外にお店がないのと、お昼時のためかすごい行列ができていました。これは待てない、、。。

さらに進むとうどん屋さんが2キロほど離れた所に発見。

今回はこちらで食事をすることにします。

なかむらや
0880-22-8843
https://maps.app.goo.gl/YfXYUM5LgydzRub3A?g_st=ic

特盛は二つに分かれてきました!

ざるうどん、そばにうずらの卵がついてくるとハッピーな気持ちになります。わさびのピリッとした感じと、うずらの卵が交わった麺ツユが大好きです。

そんなこんなで、遅めの昼食を食べて、少し走ると目的地の四万十町窪川に到着しました。

図書館で調査開始

窪川に到着したのは午後14時。これから曽祖父の記録を調べていきます。まず最初に当たったのは定石といえば定石の役場でした。

しかし、役場では記録を見つけるのは難しいと言われてしまいます。そもそも100年以上前の情報や資料をいきなりきて見せてくださいというのも無理があるので仕方ないですね。

次に思いついたのは図書館でした。資料が見つかるというよりは、何か少しでも当時の建物の情報を知ることができれば良いなという狙いで尋ねてみることにしました。

四万十町立図書館

図書館の扉をあげると、親切司書の方々が迎え入れてくれました。「何かお探しですか?」

私は少しテンパりながら曽祖父の記録を探していること。名前しかわからないこと。祖父に記録を持って帰りたいということを伝えました。

申し訳なさそうにしていると、「任せてください!これが私たちの仕事ですから!」と言っていただけました。本当に頼もしく、来てよかったと心から感じたのを覚えています。

建物の記録を探すのかと思っていたら、作戦は学校の記録を掘り返すとのことでした。

なるほど、閉校した学校は閉校記念で今までの卒業者の名簿を残しているということを教わります。現在四万十町に残っている五校は記録がないのですが、逆に言えば他の5校に曽祖父の記録がなければ、住んでいた地域はその五校の範囲まで絞ることができます。

調べ始めると時間が経つのは一瞬で、三時間ほど滞在させていただきました。

閉校記録をベースに町史なども読み漁った。特別に許可を頂いて写真を取らせていただきました。

そもそも四万十町は2006年に窪川町、大正町、東和村が合併して発足している。そのため今回は窪川町に焦点を当てることにした。

窪川町の中でも1950年代に合併をしていたため、その範囲も絞ることができました。また、明治〜昭和初期にかけての閉校記録を司書さん達と確認をすると、曽祖父やその家族の記録は見つかりませんでした。合併の記録と閉校していない学校を考慮すると窪川尋常小学校の範囲、つまり現在の窪川小学校周辺に暮らしていただろうと推測することができました。

まさか曽祖父の名前だけでここまで推論をすることができるのかと驚くと共に、調べ上げた時には嬉しさが込み上げてきました。

改めまして、この場を借りて四万十町立図書館の皆様には感謝と御礼を申し上げます。

窪川を探索。

図書館を出ると、時間は17時を過ぎていました。これから少しだけ窪川小学校を中心として街中を見て回ろうと思います。

まずは図書館周辺の歴史がありそうな建物を当たります。岩本寺は88ヶ所お遍路時には立ち寄ったことがあるお寺でした。私が旅をした以前とはかなり雰囲気が変わっていますが、それでも当時の建物が残っています。

第㊲番岩本寺。私も高校生の時に自転車で訪れた。

次に本題の窪川小学校を見てまわります。当時の尋常小学校と建物こそ異なりますが、位置は同じです。曽祖父もこの景色を見ながら生活をしていたのでしょうか。

現在の窪川小学校。

現在の窪川小学校の写真です。文献に残っていた写真と、建物は変わっていますが背後の山は変わっていませんでした。曽祖父もこの景色を見ていたのかと思うと少し不思議な感覚に包まれます。

窪川の中心を流れる見付川。この川もひょっとすると曽祖父は生活で使用していたかもしれませんね。

現在は民家に囲まれていますが、1950年代のゼンリン地図ではもっと民家は少なかったと記憶しています。

三堰キャンプ場へ

そんなこんなで写真を数十枚ほど撮影し、本日の宿である、三堰キャンプ場に向かいます。

三堰キャンプ場  https://goo.gl/maps/Y4gxQtpmHXs7YXXB9

キャンプ場へは町中から数キロ離れています。図書館の方がおっしゃるにはキャンプ場というよりは河原とおっしゃっていました笑

買い物をしていたら日が暮れてしまったので2日連続でナイトランをして、鹿の鳴き声をききながら目的地の三堰キャンプ場に到着します。

と疲れたので今回はキャンプ場に到着したところまでにしておきます。

テント設営やキャンプ場については四国編最終回の次回に行います。

時には旅先で図書館に行くなんて言うのも面白いですね。街の探索も自転車だからできるという気がします。「新しい旅のあり方を発見できた」そんな素晴らしい一日でした。

温玉ねぎとろ

走行距離 約60キロ

獲得標高 595m

前回②の記事はこちら。

コメント

  1. とみたろう より:

    お疲れ様です。佐川町の住民です。誤字のと写真の訂正と、補足を良いですか?…では、勝手ながら。(^.^)越智町でなく、越知町です。正確には越でも無いらしいのですが変換出来ません。次に佐川町の町並みの写真は越知の旧商店街の写真ですね(^.^)沢山写真を撮ったのでごっちゃになったんでしょう。後は、七子峠のラーメン屋は、以前は豚太郎七子峠店でした。以前も今も評判店ですね。うどんも美味しそうですね(^.^)では、失礼しました。

    • コメントありがとうございます。誤字脱字の方失礼いたしました。また、ご教示いただきありがとうございます。七子峠のうどんはとても美味しかったです。また、佐川町・越知町にもサイクリングで行きたいと思います。ねぎとろ

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